▼イスラエル合衆国▼By Robert Fisk
UKインディペンデント紙 27 April 2006

アメリカの外交政策は「その影響力が自国の利益と矛盾する有力なイス
ラエルロビーによって牛耳られている」と、あえてアメリカ名門大学の
国際政治学者2人が提唱したとき、イスラエルびいき(親イスラエル)
に反対を唱える主張と対戦することになるのがわかった。だが、そのエ
ピソードがきっかけでアメリカのリベラルなユダヤ人たちが自己満足と
対峙させられることになる。形勢は一変するか?

エリオットストリートを通り過ぎハーヴァード大学の日向を私と共に歩
くこの長身の男、スティーヴン・ウォルトは、いますごい正義であって
しかるべき人物なのだが(彼はアメリカのユダヤ人ロビーに影響を及ぼ
すアカデミックな論文の作家2人のうちのひとり)、見解次第でわかれ
る名声か悪評かには興味を示さない。「この重要な問題を10分で論議
できるとは思わないので、ジョンと私はTV番組を故意に避けている。イ
スラエルロビーについて書いた著名人、"J"と"S"になるんだろう。中東
における米国の外交政策を具体化する影響力についてもっとあからさま
な論議を勢いづかせるために、私たちはこれについて本気で論議する道
を開きたい」。

「ジョン」とはシカゴ大学の政治学者ジョン・ミアシェイマー 。ウォル
トはハーヴァード大学JFK 行政大学院の50歳の終身的地位のある教授
だ。アメリカ人でないあまたの人にはわかりきったことをはっきり述べ
ることで、2人は近年の中東をめぐるアメリカの過去の出来事で最も並
外れた政治波乱のひとつを引き起こしている。アメリカ合衆国が自国の
安全保障を進んで無視していること、イスラエルの利益を促進するため
には多くの同盟国の安全保障をかたわらに置くのをいとわないこと、「
テロとの戦い」ではイスラエルがテロのプロペラタービンに適合するこ
と、最大のイスラエルロビー団体Aipac(the American Israel Public
Affairs Committee)が、実は外国政府(イスラエル政府)の代理人で
あり、議会で完全な支配を有することなどだ。そういうことなので、対
イスラエル政策は議会では討論されない。そしてイスラエルロビーは監
視を行ってイスラエルについて批判する学究的大学人は糾弾される。

「イスラエルの行動を批判したり、親イスラエル団体にはアメリカの中
東政策に関して重大な影響力があると主張する者は誰であれ、反ユダヤ
人のレッテルが貼られる機会が依然として有効だ。実際、単にイスラエ
ルロビーがあると公言しただけで反ユダヤ人の嫌疑を受ける危険を冒す
、、、反ユダヤ人というのは誰もそれと非難されたくないことなのだ」
と、作家たちは書いている。いまは誰でも黒人、ゲイ、レズビアンにつ
いて語ることができる。故エドワード・サイードが「最後のタブーはア
メリカの対イスラエル関係についての真剣な論議」と引き合いに出した
こと、それがアメリカという国の抜きがたい偏見なのだ。

ウォルトはすでに50ページ以上の参照文献を含む、国際政治におけるア
メリカ優位に反対する記述をりっぱに書いている作家である。実際、彼
の「Taming Political Power(飼い慣らされた政治勢力):米国の卓
越に対するグローバルレスポンス」を読んでいる人たちは、ここに書か
れた、Aipac がイスラエルに対し十分に友好的でないと考える議会メン
バーを繰り返し標的にしてきており、その政敵に資金を注ぐことで常に
官庁から彼らを追い立てる手助けをしてきた、故にイスラエルロビーが
巨大な力を得るというくだりに注目するはずだ。

ミアシェイマーとウォルトは、他国ではともかく、ここアメリカではハ
イスピードで落下してくるミサイルを発射している。さてアメリカで何
人くらいがまともにこれを食らう用意があるだろか?多くはない。しば
らくの間、2人の大学人がそれとなく示すように、親イスラエルとして
偏見を抱く臆病なアメリカの主流の新聞とTVは、二人の推断を報道する
かどうか、あるいは従順に黙ったままでいるかどうか、態度を決めかね
ていた(元々論文はアトランティックマンスリー誌のために書かれたも
のだったが、そこの編集者らは明らかに怖じ気づいた、続いてロンドン
・レヴュー・オブ・ブックス誌で少しばかり省略された姿で再び印刷さ
れた)。たとえば、ニューヨークタイムズは、研究報告の発表後2週間
で論議を呼ぶスキャンダルを徹底的に扱うのは一回のみで、19ページの
教育欄にその記事を覆い隠した。新聞のヘッドラインによると、その学
問的エッセイはロビーの影響力について「論争」を引き起こしたにとど
まる。

2人の意見はこういう形で繰り返された。いまイスラエルロビー団体を
率いる元国連大使のドーア・ゴールドは、ミアシェイマーとウォルトの
「反ユダヤ人びいき」論攻撃が正しいことをはからずも証明することで
反撃を開始した。彼は、「ユダヤ人でない人間が従事するユダヤ人陰謀
の存在を肯定するのと同じだと、ある程度まで定義を下されても差し支
えないものと考える」と述べた。ニューヨークの下院議員、エリオット
・エンゲルは、研究論文自体が「反ユダヤ人」で、アメリカ国民の軽蔑
を受けるに値すると言った。

ウォルトは、「私たちは陰謀があるとか秘密結社があるなどとは言って
きていない。イスラエルのロビーはことごとく望み通りにがんばらなけ
ればならず、アメリカ人はみな政策決定に圧力をかけるのが好きだ。私
たちが言っているのは、このロビーにはアメリカの国益を否定する影響
力があり、このことが論議されるべきだということ。中東にはいらいら
させられる問題があり、私たちが公然と率直にそれについて論議できる
ことが必要なのである。たとえば、パレスチナに誕生したハマス政権、
これにどう対処するか?完璧な解答はないかもしれない、でも、私たち
は論議してみなければならないし、私たちには入手できるあらゆる情報
がある」と反論する。

ウォルトは必ずしも彼の記述に対する反応に憤慨するというのでない。
アカデミックな領域で「講演」を続けることが彼の望みの重要部分であ
る。だから、たぶん動かないのではないかと推測する。だが、「実践す
べき反ユダヤ人問題を促進するため偏狭頑迷な人々によって講じられる
ことになる言いがかりを、2人の学者は繰り返した」と発表したハーヴ
ァードの同僚、アラン・ダーショウイッツ(反イスラエル的な発言に激
しく非難を浴びせることで知られる親イスラエルの大物論客)を、怒る
どころか誰もなにもできずにいる。2人はダーショウイッツの45ページ
の攻撃に対する応戦を準備しているが、白人至上主義者と元KKK(ク
ークラックスクラン)の頭首、デイヴィッド・デュークからの称賛なし
には済まされないだろう。新聞に登場するデュークの名を、ミアシェイ
マーとウォルトの名前といっしょくたに扱わせる追従(へつらい)。ワ
シントンポストの非難的なヘッドラインには「対イスラエル、ハーヴァ
ードとデイヴィッド・デューク」と出た。

アメリカの報道機関で常にイスラエルの友人であるウォールストリート
ジャーナル紙は、問題にもっと妙ちくりんな情報を取り上げさえした。
「親イスラエル団体の元ロビイストらが法廷に直面、論説が中東政策へ
の強い影響力の行使についてただす」と新聞のヘッドラインはひどくび
っくりした読者に宣言した。 ミアシェイマーもウォルトも、Aipac の
ロビイストの裁判について言及したことはない。元ペンタゴンの中東ア
ナリストによって提供された極秘の情報を受け取って、これを広めたス
パイ行為の罪で告訴されたイスラエルのロビイストらの裁判は、来月始
まる予定だ。被告のスティーヴン・ローゼンとキース・ワイスマンの弁
護団は、法廷の証人席にコンドリーザ・ライス国務長官とスティーヴン
・ハドリー国家安全保障顧問を召喚する可能性を暗に示している。

ジャーナリストの報道のほぼ三分の一がローゼンとワイスマンの裁判を
持ち出す、そして、(申し立てによると)若干の政府の上級役人との通
商用のえこひいきによって、2人の男がいかにイランに向けたタカ派的
な政策を進めようと務めたか、その告発が詳述することを書き足す。元
ペンタゴンの職員、ローレンス・フランクリンは機密情報濫用の罪を認
めている。フランクリン氏は、他の機密情報と同様に、二人のロビイス
トにイランに関するNSC(国家安全保障会議)草稿文書についての情報
を口頭で伝えた罪で告発された。フランクリン氏は12 月にほぼ13 年の
実刑を宣告された、、、

「元Aipac 職員らの活動は、まあ多数のロビイストの仕事と違わない」
と弁護士や「誰であるか明らかにされない多くのユダヤ人指導者らが述
べる」のを、ウォールストリートジャーナルの記事は続けて話す。「ア
メリカ市民が、、、談話中に聞いた国家の秘密を広めた容疑で起訴され
たと記録されるのはアメリカ史で初めてのことだと彼らは話す。」さら
に、「2004 年にこれが発覚して以降、幾人かの議会メンバーが事件に
ついて懸念を表明しており、司法省がAipac といった親イスラエルのロ
ビー団体をターゲットにするかもしれないと恐れた」と新聞は続ける。
「彼らは法的手続きが自然の経過をたどるのをしきりに見たがるが、事
件に透明さを欠くのを心配すると、これら当局者ら(原文のまま)は述
べる。」

ダーショウイッツに関係があることで言えば、同様のたまらない体験が
私にはある。アイルランドのラジオ番組のインタビューの最中に、2001
年9月11日の人道に反する国際犯罪の後、私たちは「なぜ?」これが起
きたのか質問しなければならないと私が言ったとき、彼は私に暴言を叫
んだ。彼は放送で私が「危険な男」だと叫び、「反アメリカ的」だと付
け加えた。「なぜ?」と質問するのは反ユダヤ人なのと同じく犯罪とい
うことだった。

しかしながら、別の重要性も白状しなければならない。12年前、ミアシ
ェイマーとウォルトが論文中で名指ししたイスラエルロビー団体のひと
つが、私が英国のTV局チャネル4とアメリカのディスカヴァリーチャン
ネルのために参加したモスリムについての映画シリーズを妨害して放映
させなかった。イスラエルがアラブ人の土地に巨大なユダヤ人入植地を
建設しているとの私の「主張」は「とんでもない誤り」だと申し立てる
ことで。別のイスラエル支援団体によれば、私は「アメリカの居間に悪
意ある言葉を垂れ流している牙をむいたヘンリー・ヒギンズ」だった。

こうしたナンセンスは今日まで続く。たとえば、中東に関する新著を発
行するためオーストラリアで、反ユダヤ人の陰謀論とは反対に、イスラ
エルは2001年9月11日の犯罪に責任はないと私は繰り返し申し立てた。
それなのにオーストラリアン・ジューイッシュ・ニュースは、私が「イ
スラエルが9.11攻撃の原因だとの短い暗示を終えると、観衆は予想され
た通り、繰り返し彼に称賛を表した。」 と報じた。

これは事実とは異なる。拍手も称賛もなかったし、人道に反する犯罪の
ことでイスラエルを非難する短い言葉を終えることなどなかった。オー
ストラリアン・ジューイッシュ・ニュースの記事はウソなのである。

というわけで、私自身のつつましい体験から、ミアシェイマーとウォル
トの主張はもっともであると言わざるを得ない。ウォルトがたとえイス
ラエル、エジプト両国で愉快に過ごしたと言っても、20 年間イスラエ
ルやエジプトに行っていないと言う男としては、専門家の判断を理由に
確かには言えない。「ぐらぐらする飛行機でアフガニスタンに降り立っ
たことは一度もない、あるいはチェックポイントに立ったこともなけれ
ばバスを見たこともない、自爆者がいるかどうかもわからない」と彼は
言う。

イスラエルに批判的なあまり、新聞のコラムの常連になれないでいる、
アメリカの倫理的哲学者の第一人者、言語学者のノーム・チョムスキー
は中東を広範囲に旅行しており、イスラエルロビーの冷酷無比ぶりをよ
く熟知している。だが、中東における米国の政策ではイスラエル支援者
よりもアメリカの商社のほうがずっと影響力があると彼は示唆する。米
国の左派には同胞殺しに無限大のキャパがあるんだろうとの私の考えを
これが証明する。ウォルトは左派とは言ってないが、彼とミアシェイマ
ーはイラク侵攻に反対した。かつて孤立した立場だったのが今は政治的
に容認できるようになったと思える。これと同様にイスラエルロビーの
論議もそうなればと2人は期待する、というより絶望的な希望を抱く。

代償として何かを犠牲にしなければならないのは確かだ。

米国のあちらこちらでイスラエルとネオコンのロビーがますます強力な
勢力を獲得している。2003 年、ガザでパレスチナ人の家屋が無残にも
潰されるのを阻止しようとしてイスラエル軍のブルドーザーにひき殺さ
れた若いアメリカ人女性の手記に基づく演劇、「私の名前はレイチェル
・コリー」がニューヨークの劇場によってキャンセルされた。これはリ
ベラルなユダヤ系アメリカ人に深刻な衝撃をもたらした。とりわけ、ユ
ダヤ系アメリカ人が公演を引っ込めさせろと文句を言った理由で。

「パレスチナ人の声を代弁する西側の著者を反撃に出て沈黙させるのに、
ムハンマドの諷刺マンガを受け入れないからと言って西側社会はどうし
てイスラム世界を非難できるのだろうか?ここアメリカで持てる以上に、
ヨーロッパやイスラエルでもパレスチナ人の人権をめぐって健全な議論
が持てるのはなぜなのか?」とユダヤ系リベラルの論客、フィリップ・
ワイスはネーション誌で質問を口にした。コリーはパレスチナ人の家屋
が破壊されるのを防ごうとして死んだ。この演劇の敵どもは、イスラエ
ル軍が武器の密輸に使われたトンネルを崩壊するのを彼女は止めようと
したと偽って申し述べる。コリーについて憎むべきEメールが書かれた。
ワイスがそのひとつを引用する。「レイチェル・コリーは72人の処女は
手にできないが望むものを手に入れた。」

故エドワード・サイードの近親者であるUCLA 教授のサリー・マクディ
シは、右翼のウェブサイトがカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)
の学生に、教授の政治的傾向、特に中東に関しての観点について報告す
れば現金を提供すると持ちかけているのを明らかにしている。授業のメ
モ、レクチャーで配る刷り物や不正な録音テープが100ドルという、UCLA
で不正な金を必要とすることを知っておくべきだ。「私自身、不正確で
名誉毀損のプロファイルを受けた」とマクディシは話す。「ウェブサイ
トが言及を避ける、私の専門分野であるワーズワースやブレイクといっ
た英国の詩人についての授業で私が言ったことでなしに、中東の政治に
ついて新聞に書いたことのせいでなのです。」

ことによると、イスラエルの報道機関でその内容が確認されているにも
かかわらず、2人のエッセイで最も扇動的なのは、イラク侵略での米国
に対するイスラエルの圧力を論議する項ではないだろうか。「イスラエ
ルの情報機関当局はイラクの大量破壊兵器プログラムについて警戒心を
抱かせる様々な報告をワシントンに与えてきていた」と二人の学者は書
く。そして退役したイスラエルの軍司令官が次のように述べるのを引用
する。「イラクの核を使う将来性(可能性)に注視するのに、アメリカ
とイギリスの情報機関によって差し出された情況に対し、イスラエルの
情報機関は最大限のパートナーだった。」

ウォルトは1年のサバティカル(長期研究有給休暇)を取るかもしれな
いと述べる。彼がサバティカルを永久の休暇にしたなら、ハッピーなの
はイスラエルロビイストであるのは疑いもない。彼が休暇を取るとはど
うも疑わしい。

▲ロバート・フィスク:政治学博士号を持つインディペンデント紙の中
東特派員。70年代後半よりレバノンを拠点に、レバノン内戦、イラン革
命、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、そしてイラク戦争と、中東報道の
第一線で活躍。権力を恐れない深層に踏み込んだ鋭い記事で知られる。
ニューヨーク・タイムズ紙に「イギリスで最も有名な海外特派員」と言
わせる、個性のある著者である。 今回、そのロバート・フィスクがアメ
リカに渡って書いたのが、「イスラエル合衆国」だ。