▼「スラムの惑星」の著者に聞く
トム・ディスパッチ マイク・デイヴィスにインタヴュー▼

マイク・デイヴィスは、当インタビュー記事のパート1、「人道のグラ
ウンド・ゼロ」において、惑星のスラム化、特に世界の南における、分
刻みで人口を増やしながら分刻みの迫力で雇用を減らしている都市部の
驚くべき(そして、あまり注目されない)拡大に着目しました。都市の
運命の研究者とそれを夢想する人びとが誰一人として想像もしなかった
ような、経済開発がほぼゼロである都市周縁部に、今日おそらく10億
の若者主体のスラム住民が生きています。スラム都市と帝国都市、破壊、
常に攻撃に余念のないペンタゴンとその取り巻き集団との間の計画と暴
力の応酬に向きあうマイク・デイヴィスにインタヴューを続けます。

T(トム・ディスパッチ):市街地中心部に防護壁でぐるり取り囲んだ
スターバックスも備わるグリーンゾーン帝国があり、その外側には崩壊
した首都が横たわる。サドル・シティの大スラム街も広がって壁の内と
外を行き交うのは一方方向のミサイルを搭載した軍用ヘリと、反対方向
に向けた自動車爆弾ぐらいのもの。この世界は、あなたが「スラムの惑
星」で描いた都市世界のおぞましい変種で、ブッシュ政権はバグダード
でこれを築きあげたんだと思いましたよ。

M(マイク・デイヴィス):まさにそうです。バクダードは、公共空間
の崩壊と両極端の間に介在する中間地帯を止めどなく縮小した実例にな
りました。スンニ、シーア両派が混在した居住区は、今では米軍の行動
のせいだけでなく、宗派間のテロもあって、急速に消滅しています。

サダム・シティと呼ばれた時期もあるバグダードの東側地区のサドル・
シティは、シーア派主体の200万人の貧民という異様な人口構成の地
域になっています。因みに、スンニ派スラムも同じですが、サドル・シ
ティは今でも膨張が続いており、なぜかと言えば、まったくと言ってい
いほど再建資金をまわさない米国のひどい農業政策の故なのです。実り
がないにしても、すべてが石油産業の修復に振り向けられているのに対
して、農地はおおかた砂漠に戻ってしまっています。緊急の課題が地方
と都市部との間でなんらかの均衡を維持することであったはずなのに、
アメリカの政策は農地からの人口流出を加速しただけです。

もちろん、グリーンゾーンは一種のゲート付き集合住宅であり、大要塞
地帯のなかの城砦です。ご覧のように、世界中でこれの同類が出現して
います。私の本では、これを周辺部スラムの膨張に見合うものとして対
称化しています。中間階級が大都市中心部と一緒に伝統的な文化を見捨
て、テーマパーク化したカリフォルニア風生活様式を完備した隔離世界
にひきこもる傾向。ゲート付き住宅地の一部は、信じがたいほど警備を
重視しており、要塞そのものになっています。それ以外は、むしろ典型
的なアメリカ型郊外地であるのですが、どれもみなアメリカンドリーム
に対する強迫観念を中心に構成されており、とりわけ、カリフォルニア
ドリームがどこであってもTVを通じて特約販売されています。

というわけで、北京のニューリッチは高速道路をドライブして、「オレ
ンジカウンティ」とか「ビヴァリーヒルズ」といったネーミングのゲー
ト付き集合住宅地へと帰宅することができます。カイロにもビヴァリー
ヒルズが存在し、町全体のテーマがウォルト・ディズニー社によって監
修されています。ジャカルタにも同じように空想上のアメリカ暮らしを
する集合住宅地があります。こうしたものが、世界の新しい都市中間階
級の根なし草ぶりを際立たせながら増殖しています。これと並行して、
すべてをTVのイメージに合わせる強迫観念が横行しています。だから
北京の外部にTV番組「オレンジカウンティ」を模倣した、現実のオレ
ンジカウンティ風建設が見られるのです。世界の中間階級がTVや映画
で見たり聞いたりしたことに対する途方もない忠節を表現しています。

M:それでも、文化圏や大陸それぞれにまだ大きな違いがあります。ラ
テンアメリカで最もビックリするのは、実際に表面化する政治的分極化
の程度、つまり貧困層の要求に対する中間階級の抵抗の激しさです。

チャべス・ベネズエラ大統領は、スラムで医療に従事するベネズエラ人
医師を一握りほどしか確保できません。そこでキューバから医師を招か
ねばなりません。中東はまったく違っています。例えば、カイロでは、
国家が基本的な行政サービスをするにせよ、腰が引けていたり、腐敗が
ひどくてなすすべがないにせよ、イスラム教徒の専門家らで用が足りて
います。モスリム同胞団(イスラム主義のアラブ民族主義団体)が医師
会や技術者組合を掌握してます。自分たちの特権を維持するためだけに
結集するラテンアメリカの中間階級とは違って、同胞団は貧しい人びと
に公共奉仕や対等な市民社会を提供するために組織されています。これ
は、一部にはコーランが定める義務「十分の一税」に基づく行いですが
都市の生活に重要な効果をもたらす著しい違いです。

T:ここで少し話を飛ばしてあなたの本にある鳥インフルエンザ流行に
ついて聞きます。

M:鳥インフルエンザについて言えば、一方では、現代世界のなかにそ
れが拡散するための最適条件を作り出してしまっています。他方では、
都市の膨張は人びとが貧しくても、食生活における蛋白質の需要を拡大
しますので、この需要を従来の蛋白質源で満たすのはもはや不可能とな
って、工業化された畜産・養鶏に頼らなければならなくなっています。
これはごく単純には、畜産・養鶏の都市化を意味しています。アーカン
ソーやジョージア北西部で見かけるような数百万羽のニワトリが大規模
鶏舎、つまり工場方式の養鶏場で飼われているという養鶏地帯であるこ
と。このように鳥類が密集した状態は自然界に存在したことがなく、私
が話をした疫学者たちによれば、おそらく、これは病原体の毒性を最大
にし、遺伝子変異を加速するのに格好の条件になっているということで
す。

それと同時に、世界の湿地帯が衰退し、水が主として灌漑農業のために
転用され、渡り鳥を灌漑農地や水田、農場に追いやっています。畜産革
命、鶏肉に特に顕著な需要の拡大(世界第2位の蛋白質供給食肉)、ス
ラムの膨張、湿地帯の衰退、このすべてが過去10年ないし15年の間
に特定のスピードで進展しており、一世代前に伝染病の専門家らによっ
て警告されたことでした。これは、非常に極端な形での生態系の混乱で
あり、インフルエンザにかかわるエコロジーや動物の疫病を人間に移す
条件を変化させています。生物学的な災害の定式であり、鳥インフルエ
ンザはグローバル化がもたらす第2の世界的疫病なのです。HIV・エ
イズが出現したのは、西アフリカの人びとの都市部の食生活で主となる
伝統的蛋白質供給源になっていたギニア湾の魚がヨーロッパの加工船に
よって獲りつくされたために、野生動物の肉に頼らざるをえなくなった
ことによる、野生動物肉の売買に、少なくとも部分的には起因していま
す。それにまた、HIVがコンゴのキンシャシャでおそらく爆発的感染
の臨界点に達しているとする仮説があり、それを裏付ける状況証拠が多
数あって、この大都会は国家が崩壊したり手を引いたりした後に起こる
事態を示す、現時点における究極の実例になっています。

T:そして、スラム化。

M:そうです。スラムの世界の疫病です。地球規模のスラム化とヒト・
動物圏エコロジーの大規模な変化とをセットにして考えると、鳥インフ
ルエンザの人類への蔓延のような事態はほぼ避けられません。でも、鳥
インフルエンザのような疫病の脅威そのものより、厄介なのは、それに
対する反応、ただちにワクチンや抗ウィルス薬を買いしめること、これ
らの救命薬の製造を独占する一握りの富裕諸国の国民の健康を守る上で
の、排他的な視線です。言い換えれば、貧しい人たちの切り捨てです。

M:近年、米国が見せつけたものは、近代都市の階層構造組織を叩き壊
し、必須社会基盤や重要拠点を攻撃し、TV局を吹きとばし、パイプラ
インや橋梁を破壊するという並外れた力です。スマート爆弾はこんなこ
とができますが、同時にペンタゴンは、都市ではあっても階層構造がな
く、集中的な社会基盤がなく、高層ビルもない、迷路のような、地図に
書かれていない、ほぼ未知のままの地域周辺部のスラムに対して、この
テクノロジーは適用不可能であると知りました。ペンタゴンが今世紀の
最も新規な分野として見ているものに対応しようとする、実に非凡な軍
事文献があり、現在では、カラチやポルトープランス(ハイチ)、バグ
ダードのスラムにそのモデルを得ています。その多くは、米国にとって
一大衝撃であり、伝統的な都市戦闘術がスラム都市では役立たないこと
を教えた、1993 年のソマリア・モガディシオ騒乱の体験に遡ります。

M:スラム都市と帝国都市のあいだの暴力の応酬はもっと深刻な問題、
担い手の問題に繋がっています。都市に生きながら公的な世界経済から
締めだされているこの非常に大きな勢力のマイノリティは、いかにして
みずからの未来を見出すのか? 歴史の担い手が持つその能力とはどの
ようなものなのか? 伝統的な労働者階級は既存の秩序に既得権を持た
ないのと、近代工業生産の基に集中していたという2つの理由で革命的
な階級でした。労働者階級はストを実行し、単純に生産を止め、工場を
掌握するといった絶大な潜在力をもつ社会的な力を保持していました。

さて、ここにある非公式の労働者階級は、生産・経済における戦略的拠
点を持ちませんが、それでも新しい社会的な力、「都市を撹乱する力」、
「都市を攻撃する力」を獲得しました。ボリビアの都市ラパスにとって
双子にあたる広大なスラム地区の住民たちが、要求を通すために定期的
に空港への道を封鎖したり、交通を遮断するような独創的な非暴力行動
から、民族主義者や宗派集団が中流階級の近隣住民や金融地区、時には
グリーンゾーンさえも攻撃するために今では一般的に使う自動車爆弾ま
での、多種多様な力を獲得したのです。混乱を生みだす力を用いる方法
を見つけるための世界的規模の実験が進行していると私は思います。

D:それに、混乱は必ずしも悪の力ではありません。最悪な事例のシナ
リオは人びとが沈黙を強いられることです。彼らの追放は恒久的なもの
になります。人間に対する暗黙の選別が始まるのです。私たちがエイズ
・ホロコーストを忘れたり、飢餓の訴えに無頓着になるのと同じような
状況で、人びとは死を宣告され、忘却の彼方に追いやられます。

D:外部世界は目を覚ます必要があります。スラムの貧しい人びとは、
実に多種多様な(ほとんど終末論的な近代性そのものに対する攻撃から
新しい近代性、新種の社会運動を創造しようとするアヴァンギャルドな
企てまでの)イデオロギー、政治綱領、混乱を活用する手段を実験して
います。ですが問題は、あまりにも多くの人びとが仕事や住処をめぐっ
て争っているときに、彼らを調整する手っ取り早い道が、ゴッドファー
ザーや族長、民族指導者が出現して倫理や宗教、あるいは人種排斥の原
則に基づいて、操るがままに任せることです。こうなれば貧しい人びと
自身のなかに、自己反復的でほぼ永久的な戦争を生みだしかねません。
ですから同じ貧しい都市であっても、人びとが精霊を胸に抱いたり、街
のギャング団に加わったり、過激な社会運動組織に入ったり、あるいは
宗派または大衆迎合的な政治家のカモになったりと多重に相反する傾向
を見いだすことになります。

T:それでは、私たちの共通の未来は、破滅に向かう下り坂になるので
すか?

D:大きな問題のひとつは、都会の品質を無視して都市を造っているこ
とです。特に貧しい都市は自然のままの地域や河川流域を食いつぶして
いますが、これらは都市が環境システムとして機能し、環境の維持を図
るためには不可欠であるのに、破壊的な私利私欲の投機のため、あるい
は単に貧困があらゆる空間に浸透するがために消滅させているのです。
世界中どこでも、都市が生態系的に機能し、都会であるために不可欠な
河川流域と緑の空間とが、貧困のためか投機的な民間開発のために、都
会化しています。その結果、貧しい都市は災害や疫病、さらには破滅的
な資源不足、とりわけ水資源の不足に対して、ますます無防備になって
います。

逆に言えば、地球規模の環境変化に対処するために最も重要な方策は、
私たちの都市の社会的・物理的基盤に大規模に再投資し、それによって
貧しい若者たちを千万人単位で再雇用することです。


▼マイク・デイヴィスは、2001 年に水晶の街・ロサンジェルスを描い
た最初の作品「要塞都市LA」(青土社刊)で、いきなりベストセラー
作家に躍りでて、米国随一の確信的な都市学者として有名になる。その
後、ロスの文芸崩壊「Ecology of Fear: Los Angeles and the Imagination
of Disaster 」(未邦訳「恐怖のエコロジー。ロサンジェルスと惨事の
想像力」)から19世紀ヴィクトリア朝の民族虐殺(未邦訳「ヴィクト
リア朝末期の民族虐殺:エルニーニョ・ファミリーと第三世界の成立」、
さらには私たちが生きる現代の鳥インフルエンザ流行の脅威、「感染爆
発-- 鳥インフルエンザの脅威」(紀伊国屋書店)と、ありとあらゆるテ
ーマに挑んでいる。
なお、都市化した地球に絞って書いたのが、新刊「 Planet of Slums 」
(未邦訳「スラムの惑星」)である。