■ひとりで立ち向かった勇気ある男■

世界が彼に従ってさえいればなあ(従わなくて残念だ)

驚くべき主義の驚くべき男、トム・ハーンダルに会っていればよかった

インディペンデント紙  28 March 2009 by ロバート・フィスク

トム・ハーンダルに会ったかどうかわからない。彼は、私たちプロの記者

がからかうような人たち、2003年米英の侵攻前にバグダッドに姿を現

した何人かの「人間の盾」のひとりだった。環境保護活動家のようなもの

だ。今は、あのひどい戦争の歴史を振り返ってみるのに、彼に会っていれ

ばよかった。まもなく出版されるハーンダルのジャーナルが、注目すべき

主義の注目すべき男を示すからだ。3月17日10時26分、アンマンの

ホテルから彼は「ボクは人間の盾ではないかもしれない」と書いた。「い

っしょに旅行してきた人たちの信念にボクは忠実に従わないかもしれな

い、でもイラクを攻撃するつもりである米英の進路は不必要で兵士の生命

を一般市民の生命に優先させる。このため、ブッシュとブレアが戦争犯罪

で裁判を受けることをボクは期待する。」

ハーンダルは正義についてわかったのではないかな?正義は白黒、戦争か

戦争に反対ほど単純ではなかった。「ここ数週間にかけボクが聞いたり目

にしてきた事態は、イラク政権もアメリカや英国も公正ではないという、

すでにボクがよくわかってることを立証する。ことによるとサダムは消え

失せる必要があるかもしれない ... 企てられる空中戦はたいてい不必要

で、一般市民と武装兵士を識別しない。実際、直接相手と接触して戦闘し

なければならない数千人のアメリカ兵をまさに救うために、数万人、おそ

らくは数十万人が死ぬことになる。それは不当な行為だ。」と彼は書いた。

ああ、戦争前夜、私のプロの同僚のいったい何人がこのように書いたか?

わずかだ。

彼らがサウスバグダッドの電力所に一時的に入り込み、ひとりの技師

Attiah Bakirに会ったときでさえ、私たちはハーンダルと彼らの友人らを

グルーピーとして鼻先であしらった。 Attiah Bakirは11年前にアメリカ

の爆弾が彼の脳に金属破片を射ぬいたとき、ひどいショックを与える傷を

負わされてきていた。「それがどこに一撃を加えたか今知ることができ

る」とハーンダルはバグダッドから Eメールで書いた。「彼の額の中央三

分の一が陥没していて、骨を完全に一掃している。折れた鼻ばしらの上に

あるのは顕著な欠陥にかぶさる傷跡が残る皮膚の空洞だけだ ... 」

Attiah Bakirの写真が本からじっと凝視する、次の戦争が近づいたとき職

場を離れるのを拒んだ卓越した勇気ある男。ハーンダルの友人のひとりが

サダムの政府について彼が何を思ったか尋ねる間違いをしでかしたとき

だけ彼は沈黙させられた。私はその気の毒な男にすくんだ。あの当時は「番

人」がどこにもいた。一般市民と話すことはあやうく有罪の愚かな行為だ

った。イラク人は外国人と話すのを禁じられた。この故に、いたるところ

にあの残虐な「番人」だ(もちろん、その多くがサダムの崩壊後、結局は

バグダッドのジャーナリストのために働くことになった)。

ハーンダルには感情に動かされない冷静な目があった。「イラクの西部砂

漠でいまボクが見ているほどの満天の星を世界のどこにも見たことがな

い」と彼は2月22日に書いた。「これほど恐怖の種とじきに来る戦争に

かき混ぜられるところがよくまあこれほど美しくいられるな?」 BBC、

ITV、WBO、CNN、アルジャジーラ、その他が彼らに聞いた事に応じて

ハーンダルはひとつも答えなかった。「もしかすると一つか二つ、あるい

は100の返答があるかもとは思わない」と彼は書いた。「ボクたち各自

にとって自己自身のためでも、ひとりも死にたくない。」書かれている言

葉はトムには予言的だ。

幾らかのスナップ写真で無欲に微笑む彼を見ることができる。彼は Al-

Rowaishidの難民複合施設を取材しに行き、曲げられなくて、彼がパレス

チナ人の大悲劇に直面したガザを目指した。「エルサレムのベッドの中で

ボクは8時頃目ざめ、9時半まで横になる」と彼は書いた。「ボクたちは

10時に出発した ... それからずっと、ボクは兵士らによって銃撃され、

毒ガスで攻撃され追跡された、ボクの数メートル以内で投げられる手榴弾

の音がした、落下する瓦礫が命中し衝撃を受けた ... 」

ハーンダルはなんとかしてパレスチナ人の家屋やインフラを救おうとし

ていたが、たびたびイスラエルの砲弾を受け、彼の死の恐怖がもはや見え

なくなっていたように思えた。「そのエリアに近づく間、彼ら(イスラエ

ル軍)はブラッドリー戦車だとボクにわかった乗物から1秒か2秒の間に

絶えず発射し続けた ... ボクたちが近づいて銃が発射されたとき、せいぜ

い背骨をぞくぞくっとさせただけだったのは奇妙だった。明るいオレンジ

色を身にまとってボクたちは通りのまん中を歩いたし、ボクらのひとりが

ラウドスピーカーから”私たちは国際ヴォランティアです。撃たない

で!”と叫んだ。また一斉射撃があとに続いた、どこから発射されたか自

信は持てないが ... 」

トム・ハーンダルはラファに滞在していた。彼はわずか21歳だった。彼

の母親の言葉では、彼はひたむきな無欲の人間の行為で命を落とした。

「ただ一人のパレスチナ人の子どもをイスラエル軍のスナイパーの照準

から外れる姿勢にしたとき、トムは頭を撃たれた。」ハーンダル夫人はト

ムの本に序文を書いてくれと私に頼んだ。そしてこの記事が彼の序文であ

る。ひとりで立ち向かい、ひょっとすると私たちが夢にも思わない最大限

の勇気以上の勇気を示した勇敢な男のための。環境保護活動家なんてどう

でもいい。ハーンダルはひとりの善良なりっぱな男だった。

▲2003年、イスラエルの兵士がイギリスの学生活動家トム・ハーンダ

ルの殺害で有罪となった。( BBC NEWS 28 June 2005)

イスラエル軍のブルドーザーの前に立ちはだかり押し潰されて殺された

レイチェル・コリーや、国際連帯運動で彼女といっしょに傷ついた2人の

若者トム・ハーンダルとブライアン・エイヴリーをはじめ、これほど多く

の世界中の人びとが、パレスチナ人への連帯を表明してきているのはなぜ

なのか。イスラエルとその父なるアメリカは、気づくべきだ。


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