▼最後の言葉:ノーム・チョムスキー▼
2つの泥沼についての話 ニューズウイーク誌1/9号 03Jan.2006

ノーム・チョムスキーは20世紀の最も影響力のある知識人のひとりと
呼ばれてきているが、その尊敬を受ける77歳のMIT 教授は全く本気に
しない。「人々は硬直した定説以外のことを聞きたいだけ、常にそうし
たもであった」と彼は述べる。「彼らはメディアのなかでそれを聞くつ
もりはない」

政治理論家になった言語学の神童は、60年代の頭以降ずっと反戦運動
においてすぐれた知性の人であった。彼はまた多作の作家でもあった。
過去5年間に6冊以上の本を産んでいる。彼が、現行の地政学の風潮に
ついて、ニューズウイーク誌のマイケル・ハスティングスに伝えた。
以下はその抜粋である。

Hastings: 目下、イラクはどこに向かっていると見ますか?

Chomsky: 私たちが情況を現実的に見るのを妨げる、米国と英国で優
勢であるとても不屈のドクトリン(外交政策)のせいで、これについて
語るのははなはだしく難しい。単純化しすぎるため、そのドクトリンは
たとえイラクの主な生産物が農産物のレタスとピクルスで、世界の主な
エネルギー資源が中央アフリカにあったとしても米国はいわゆるイラク
を解放しているはずだと私たちは信じなければならない。
それを受け入れない者は誰であれ、陰謀論者だとか狂人だとかで退けら
れる。だが働く頭脳を持つ者であればそれが事実でないことはわかる。
たとえばすべてのイラク人が知るように。主要資源が石油であるせいで
米国はイラクを侵略した。そして、競争相手のヨーロッパと日本に対し
て「批判的勢力」だとする中東問題専門家Z. ブレジンスキーを引用する
ため、それを米国に差しだす。
それは第二次世界大戦にまでさかのぼる政策である。他の理由ではなく
それがイラク侵略の基本理由である。

(Zbigniew Brzezinski:21世紀のユーラシア覇権ゲーム「地政学で
世界を読む」の著者。カーター政権の国家安全保障担当補佐官、ズビグ
ニュー・ブレジンスキーが、ブッシュのイラク戦争の政策、戦略、作戦
を、無能と罵った。ブレジンスキーは、ますます危険な泥沼化の一路を
辿るイラク戦争からの撤退に向けて、現実的な具体策を示せとラジオ放
送で演説した。ワシントンポスト紙より)

ひとたびそのことを確認すれば、私たちはイラクがどこに向かっている
かについて語り始めることができる。たとえば米国がイラクの自主独立
を成し遂げるという話がどっさりある。それはどうあっても真実ではな
い。多少民主的なイラクになるであろう政策とは何か、自問自答しなけ
ればならない。それがどんなものになるか私たちにはわかる。民主的な
イラクにはイランに密なつながりのあるシーア派多数党がいる。そのう
え、サウジアラビアから国境を越えてすぐのところだ。サウジアラビア
には米国が後押しする原理主義者の専制国家によって容赦なく抑圧され
ているシーア派住民がいる。シーア派イラクにおいて独立、あるいは少
なくとも、ある種の自由に向かう動きでもあれば、国境を越える効果に
なるだろう。サウジアラビアの石油の大部分があるところでそれは起き
る。つまり、究極の悪夢がワシントンの考え方から発達しているのを見
ることができる。

あなたは1960年代に反戦運動に熱中しましたね。ヴェトナムとイラ
クの類似についてどう考えますか?

何の類似もないと考えます。類似はイラクに属する誤解、そしてヴェト
ナムに属する誤解に基づいています。イラクについての誤解はもう説明
しました。ヴェトナムについての誤解は戦争の目的と関係があった。米
国はとても立派な理由のためにヴェトナムで戦争を行った。米国はヴェ
トナムが独立したなりゆきの成功の手本になるのを恐れた、そしてそれ
が他国に感染の効果をもたらすのを恐れた。同じ道をたどろうとするに
違いない他国に影響を与えるのを恐れた。ヴェトナムを破壊するという
とても単純な戦争目的があったのです。そして米国はそれをやった。
1967年まで、米国は本質的にヴェトナムでその戦争目的を成し遂げ
ました。それは失敗、敗北と呼ばれます、なぜなら最も効果的な目的を
成し遂げなかったからです。最も効果的な目的はフィリピンのような国
に向けられています。最大限の目的は達成しなかった。だが、主要目的
は達成した。ヴェトナムを破壊して離れることは可能だった。イラクを
破壊して離れることはできない。それは想像も及ばない。

反戦運動は今日より60年代のほうが盛り上がりましたか?

それはおよそ別の行動だと思います。米国は1962年にヴェトナムを
攻撃しました。抗議が発展するまでに何年もかかりました。始まる前に
大規模な抗議行動が起こった戦争というのは、ヨーロッパとアメリカの
長い歴史のなかでもイラクが初めてのことです。2003年2月には世
界中で膨大な抗議行動がありました。西洋史においてこんなことは一度
もなかった。

あなたはアメリカの大統領を祭った神殿のどこにジョージ W. ブッシュ
を置きますか?

彼は多少はシンボルですが、彼を取り巻く連中は、米国史において最も
危険な政府だと考えます。彼らは世界を破壊に駆り立てていると思いま
す。世界が直面する2つの主要な脅威があります。種の破壊という脅威
で、これは冗談ではありません。そのひとつが核戦争であり、もうひと
つが環境の大災害です。そして2つは両方の領域で破壊に向かって疾走
しています。彼らはロシア、中国、今はイランと、競争相手国を強いて
攻撃的な軍の力量をエスカレートさせている。それは一触即発の警戒体
制で攻撃的な核ミサイルを置くことを意味します。
ブッシュ政権は、米国を世界で最も恐れられ忌み嫌われる国のひとつに
することに成功している。この男たちの才能は信じがたい。彼らはカナ
ダを冷ややかな気持ちにさせることにも成功している。文字通り、天才
を演じるという意味です。