▼ 下水は社会を映す鏡▼

社会を表す鏡はいろいろある。普段は人目につかない下水もその一つ。
普及率は世界的に都市の発達を示す指標としても使われる。

そればかりでなく、土木研究所の元水道部長は「高度成長期と現在とで
は、下水の質がかなり変わった」という。汚れの指標となる生物化学的
酸素要求量や全窒素、全リンなどは、71年から84年の13年間に1.2 〜
1.85 倍になっていた。リンや窒素はDNA やタンパク質の成分で、人間
の排泄物に多く含まれる。

家庭の台所や風呂、トイレから出た水が流れ込む下水にこれらが増えた
ということからは、日本人の食生活が豊かに、しかも欧米化したことが
読みとれる。

その後は水質はそれほど劇的に変化していない。だが、大阪市水質調査
課の松浦氏は「バブル崩壊後の経済の停滞期は流れる水の量が減った。
有機物の量も減っている。人間活動が停滞していたということでしょう」
とみる。(朝日新聞 2006年2月19日)

微量物質の分析技術が進歩したことで、今の下水は社会の暗部まで見通
せるようになった。

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▼河川や下水道水からコカイン使用の実態を測定▼
by Wired News 5 Aug.2005

ドラッグ取締当局は、まもなく、違法薬物使用の実態を正確かつ秘密裏
に検知できる方法を手に入れるかもしれない。その方法とは、世界中の
トイレを調べることだ。

イタリーの科学者たちが同国北部のポー川を調査したところ、毎日約4
キロのコカインに相当する代謝物がこの川に流れ込んでいることが判明
した。

イタリー最大の川として知られるポー川がなぜここまでコカインまみれ
になったのか?原因は尿である。コカイン服用者は、ビールを飲んだ人
と同様に、その証拠が尿に出ることがわかっている。ただし、コカイン
の場合には、肝臓でベンゾイルエクゴニン(BE)という物質に分解されて
から体外に排出される。BEが体内で生成されるケースはこれ以外にない
ため、尿検査でBEが検出された場合は万事休す。逃れようがない。

今回の研究成果は、オンライン・ジャーナル「エンバイロンメンタル・
ヘルス」に発表された。非合法薬物の代謝物が川の水から検出されたの
は、これが初めてのことである。

さらに驚くべきことに、残留していた代謝物の量から、人口500万人の
ポー川流域で、毎日4万回分のコカインが消費されていることが推定さ
れた。これは1ヶ月あたり少なくとも1万5千回とする、犯罪統計など
からまとめられた公式の禁止薬物使用推定量をはるかに上回る数字だ。

ミラノのマリオ・ネグリ薬理学研究所のエットーレ・ズッカートは「当
初、ポー川の現地調査で得たデータから推計されるコカインの使用量は
当局の推計値前後に収まるか、あるいは下回るだろうと予測していた。
上回るとはまったく考えていなかった」と記している。

薬物使用に関する統計は、一般的に薬物使用者がアンケート調査に協力
的でないため、あてにならないことで知られる。だが、化学分析にごま
かしはきかないため、川の水を調べるのは実際に使われているコカイン
の量を測定する直接的な手段と言える。

研究チームはまず、液体クロマトグラフィー分離法を使ってBEの含有量
を測定する方法を開発した。調査対象となったのは、川の表層水および
下水処理場の排水だった。

イタリーにある複数の中規模都市の下水処理場から採取した試料の分析
でも、ポー川と同様の結果が出た。

米環境保護局ラスベガス研究所で環境化学部門主任を務めるクリスチャ
ン・ドートンも、「今後さらなる発展が期待できる研究だ」とこれを評
価する。

川や湖に流れ込む薬剤による環境汚染の専門家であるドートンは 2001
年に今回の研究のような方法によって非合法薬物の使用量を測定する可
能性を指摘していた。その時はこれに興味を示す人があまりにも少なく
て嘆いたものだった。彼は、この方法でなら、街や地域での薬物使用量
を使用者を特定することなく、プライバシーを侵害せずに測定できると
語る。

ほぼすべての非合法薬物において、服用した場合にBEのように使用薬物
と1対1で結びつく代謝物が生成されるので、あらゆる種類の薬物の使
用実態がこの方法で計測できる。それにまた薬物そのものでなく、代謝
物を計測することで、大量の薬物が下水道に捨てられた場合に実際の使
用量を上回る高い数値が誤って検出されることも防げるとのことだ。