野生の王国マサイマラ エコロジーツアー
YOSHIKO YAMAGUCHI

5年ぶりにケニアに来てる。嬉しい・楽しいアフリカ。5年前と違うのはここで仕事(らしきもの)をしながら在ケニア20年の獣医の大家の居候だということ。
そのためにアフリカがただの嬉しい・楽しいだけじゃなくていくつもの大きな問題を抱えてるってことが少しずつわかってきたこと。そしてその一端は私の国、日本が担ってたりするんだ。

マサイマラ動物保護区。ナイロビからまあまあ近いのに動物の種類と数はたくさんというので私も5年前にキャンピングサファリに行った。象やヌーを見て嬉しかった。ライオンはなかなか見つからなかったけど、2、3台サファリカーが集まってる所に行ってみたらライオンの昼寝も見れた。
ここに今、日本人経営のロッジが建設中だ。各ロッジはプライベート・ジャグジー付き。風呂に入りながらサバンナに沈む夕日を眺めることもできる。寿司やフランス料理も出てアフリカンポップのバンドも入るそうだ。
そのロッジのテーマは「エコ・ツーリズム」と言う。これまでのツーリズムは環境破壊行動のひとつだったけれどエコ・ツーリズムは違う。観光に行く人々が自分の行動を自覚して責任を持つのだそうだ。最低限でも出掛けた先の環境を変えずに、可能なら逆に発展させて来ようという考え方だ。その考えのもとにマサイマラにロッジが20建てられている。ムパタロッジと言う。

ところが実際のマサイマラは状況が全然違う。まるっきり逆なのだ。今ここはロッジやキャンプ地が多すぎて限界まで来てる。野生動物はいつもツアー客に囲まれてすごいストレスでまいってる。一頭のヒョウに20台のサファリカー(もちろんカメラを抱えた乗客びっくり)が群がっていたり。ひどいのは72台の車が子連れのチーターに集まってたそうだ。
私は自分がサファリに行くことが動物にとってどうだとか思ってもみなかったんだけど。ツアー客責めにあった動物たちは神経質になって子供を産まなくなったり獲物を追わなくなったり、いろんな形でストレスが現れてくる(日本のサラリーマンの心身症みたいだ)そうするとどうなるか。
私が銃で動物殺さなくてもじわじわと自然のバランスを崩していって生態系を破壊することになるんだ。 ロッジのそばで死んでた象のお腹の中がゴミやガラスの破片でボロボロだったこともあるそうだ。
私の大家も象のクソの中にプラスチックやビンのふたなんかをよく見かけると言っていた。ロッジから出たゴミは動物たちにとっては苦労しないですぐ食べられるコンビニみたいな餌だから、ロッジのゴミ捨て場に来てつい食べてしまう。こんな生活、野生の動物にとっても新宿の浮浪者にとってもいいわけないんだけど。特にエコロジーとか環境問題を考えると動物のゴミあさりは深刻。

こういう状態なんでマサイマラは1987年からロッジやキャンプ地の建設は禁じられるようになった。これ以上観光開発のために環境を悪化させたら大変なことになるから。
現地の人々の生活も変わってきている。治安がすごく悪くなってるんだ。このロッジ過密地域では最近強盗が多発。この強盗多発の原因は何だろう?
貧しいぎりぎりの生活をしてるケニア人。一泊の宿泊代がロッジで働くケニア人の給料の何ヶ月分にも相当することへのかりだち。ロッジ周辺の地元民がいくらか「潤ってきてる」ことへのねたみ。こんな緊張状態(ケニア人にとっても野生動物の環境にとっても)の中で新しく建設されようとしてる唯一のロッジが日本人のなのだ。
禁止されたはずなのに建ってもいいことになったのは多分、日本から入ってくるお金のため。お金が入れば地元の病院や学校など大切なことにも使えるようになるだろうし。いろいろ利害関係があったんだと思う。ケニア人のなかにも自然保護より金が必要と考える風潮が一部にはあるんだ。
でもちょっと待って欲しい。ムパタロッジのテーマは自然と人間との共生だそうだ。自然破壊を起こしてきたこれまでのツーリズムとは違うエコ・ツーリズムのためのロッジだということなんだ。
行く前にその国のことをよく学び、現地の人々の目で物事を見て、その国の環境は変えずにできれば発展させて帰ってくる。楽しんだ分だけ環境問題の自覚などでお返しする。それがエコ・ツーリズムでムパタはそのためのロッジだそうだ。
マサイマラの現在の実状と(私にはそれに追い打ちをかけるようにしか思えない)新ロッジの建設による観光開発の矛盾をどう理解したらいいの?
私もケニアに来る前は動物保護区がそんなになってるなんて知らなかった。だだっ広い平原に10や20のロッジを建てたからって何でもないと思ってた。でも知れば知るほど大変なことだって思うようになった。
私は動物愛護家でもなんでもないけど。自分のしたことの意味とか結果とかがわかっているなら、できなくなることってあると思う。
マサイマラには上下水道の設備はない。新ロッジにはすべてにジャグジー(つまり露天風呂?!)が付いている。それで汚水の処理とかはどうするんだろう。もちろん浄化槽で科学処理したりするんだろうけど。丘の上に位置するロッジの水は一歩間違うとその辺の地域住民や動物に大きな影響を与える。もし地下水を汲み上げるならそれを掘る地点とか深さとか汲み上げる量とか(往年の海外援助で建てた井戸の結末を考えると非常に難しいことに思われる)間違えると本当に大きな環境破壊になってしまうだろう。お風呂は気持ちいいと思うけど、状況を考えると複雑な心境になる。

最後にマサイの人たちのこと。 エコ・ツーリズムではマサイマラに行って彼らの伝統的な生活を通していろんなこと経験できたら日本人からマサイの人たちにもお返しをすると言っている。たとえば教育制度や自給自足の方法など。
私はこれってどうやってするんだろうと思う。私も興味あるからマサイの人々の中に入って一緒に生活してみたんだけど。
サファリに行ったときにツアーの一環で連れてってもらったんだ。でも、私、マサイ語喋れないし、コミュニケイションの取りようがなかった。白人のおばさんが両脇にマサイの子抱えて「じゃ、これで一枚写真撮ってー」とかやってた。それで写真撮られて代金払ったり(請求されることがある)マサイのビーズの腕輪とかネックレスとか売りに来るんで買ったりしてた。これは観光マサイという人々で彼らも割り切って商売でやってるんだろうけど、非常に後味悪かった。
ツアーのコースのひとつで見に行くなんていかにも興味本位。こっちの好奇心の満足のために利用してるだけみたいで。
本来マサイの人々は自分たちの文化に誇りを持っているので他の部族がヨーロッパナイズされて変わっていくなかでも自分たちのスタイルを捨てずに守ってきた部族なんだ。そういう彼らに教える自給自足の方法ってどんなものだろうと思ってしまう。そして相手の言葉も必要もわからない日本人、白人。ほとんどの観光客が興味本位でマサイの人々を見に行く姿勢とムパタに来る日本人とは一体どれだけ違うんだろう。
マサイの村に家畜の診療に通ってるうちの大家、 マサイマラで警備をしてるケニア人に聞いてみた。日本人ロッジをどう考えるのかって。でもまともに答えてくれなかったそうだ。
「露天風呂に入ってる日本人が観光アトラクションになるからいいよ」と皮肉めいた冗談。
こんな形でアフリカに踏み込むことが「エコロジー」だと信じたまま、来て、帰るとしたらとても悲しい。

●ムパタロッジは7月オープンの予定。  ムパタクラブにはライアル・ワトソン、坂本龍一、ユーミン、日比野克彦、栗本慎一郎  といったアーティスト、有名人、業界人が名を連ねる。
▲YOSHIKO YAMAGUCHI は今年4月ロンドンを経由してケニアに入りヴォランティア活 動している。
●TAMA- 10 掲載、1992年 HOT