ありがとう、ブッシュ大統領

「世界のすべての大陸で同じひとつの思いのために闘っている数千万もの人々を結びつけるという今世紀ほとんど誰にもなしえなかったことを実現してくれてありがとう。
その思いというのはあなたの思いとは正反対のものではあるのだが」と世界にメッセージを発した作家パウロ・コエーリョを含め、異議の声をあげた147人の作家、映画監督、俳優、ミュージシャンに気づかせてくれてありがとう。
あなたがいなければ私たちは世界には 2つのスーパーパワーがあることに気づかなかったはずだから。

ニューヨークタイムズ紙の投書欄に「アメリカ軍兵士がバグダッドの大統領宮殿の瓦礫の中を歩き、サダム・フセインの椅子に座り、銅像を倒す報道を見ていると解放軍というよりローマを略奪したゴート族に見えてきた」とオレゴン州のロバータ・パーマーは書く。 世論調査ではアメリカ人の大部分がイラクへの先制攻撃が「大成功」に終わったことに満足している上、たとえ武力行使の発端となった大量破壊兵器が見つからなくても「正義の戦争」だったと評価する結果になっている。でも、本当にそうだろうか。現に今も異議を唱えて、さまざまな手法と信念とで活動している人たちがアメリカにいるのを私たちは知っている。それも彼らが本気なのを。

<ボウリング・フォー・コロンバイン>がアカデミー賞ドキュメンタリー部門の最優秀作品に選ばれたとき、他の候補者を促して全員一緒に壇上にあがった監督マイケル・ムーアはブッシュのイラク戦争に反対の意志表示は一切するなのアカデミーのお達しにもかかわらず、こう言った。「こうして一致団結する僕らがノンフィクションが好きなのはウソの時代に生きているからです。ウソの選挙の結果、ウソの大統領がいる時代に僕らは生きています。たった今僕らはウソの理由のせいで戦争を戦っています。ダクトテープの作り話であれ、テロの警戒程度を警告するウソの"オレンジアラート"であれ、僕らはこの戦争に反対なんだ、ミスターブッシュ。恥を知れ、ミスターブッシュ、恥を知れ。ローマ法王とディキシー・チックスに反対されてるからには、あんたに勝ち目はない」
歓声とショック&ブーイングで騒然とする中、司会のスティーヴ・マーティンが「楽屋裏を見せたかったよ、全米トラック運転手組合の連中に付き添われて監督がリムジンのトランクに入るのを手伝ってた」と、この組合のボスだったジミー・ホッファが1975年ミシガン州デトロイト郊外のレストランでマフィアの幹部と食事したのを最後に今なお行方不明なことから、あんまり連邦政府にたてつくとマイケル・ムーアもホッファみたいなことになるという含みのあるジョークを言った。
受賞の喜びを述べる持ち時間をブッシュと戦争に反対と遠慮なく意見を述べるのに活用して以降、右翼のお偉方とラジオのあきれたDJ らが彼の首を要求したものの、"マイケル・ムーアを黙らせる" どころか、彼は巻き返しをはかっているようだ。
「ブッシュ政権はイラクを植民地にするのに成功するだろうが、これこそが重大な失策でこの先何年も僕らは苦しむことになる。今一番の気がかりは、第一にこの戦争を支持しなかったあなたがた大多数のアメリカ人が軍事的大勝利との大げさな売り込みに威嚇されたり、口をつぐんだりしないかだ。今これまで以上に平和と真実の声が聞こえていいときなのに。平和支持者なのを口に出したせいで職場や学校や近所で報復を怖れる人々からたくさんメールをもらっている。国がひとたび戦時になるや抗議するのは適切でない、軍隊を支持するのが国民の務めとそれはもう何度も何度も聞かされている」
「アカデミー以降、僕がどんなだったかちょっと話してもいいかな。君が声をあげる励ましになればと思ってさ。デイリー・ヴァラエティ紙とBoxOfficeMojo.com によるとだ、全米の<ボウリング>の観客動員数が110%アップ。続く週末、劇場のチケット売上高の集計がドカーンと73%アップ。映画は連続26週という全米最長のロングランを記録して今なおそれを更新中。アカデミー以降、上映館数が拡大してその興行収入はこれまでのドキュメンタリー映画の記録を300%近く塗り替えた。それから僕の書いた<アホでマヌケなアメリカ白人>、これが昨日4月6日ニューヨークタイムズ紙のベストセラーリストの1位に返り咲く。ランクインしてこれで50週目、そのうち1位が8週でトップへの返り咲きは4度目。こんなのは前代未聞のことだ」
「アカデミー以降、僕のウエブサイトには一日に1千万から2千万のヒット数がありホワイトハウスより多い日もあったぜ!メールは圧倒的に僕を肯定して支えてくれるものだった。ついでにAmazon.com で<ボウリング>のヴィデオを予約する人の数は作品賞をとった<シカゴ>より多かった。なんでこんなことを話すかと言うと、いちかばちか賭けに出て政治的に自由に意見を言ってみようものなら後悔して生きることになるといつでも聞かされるメッセージをうち消したいからなんだ。あなたは傷つくことになる。たいてい経済面でだ。職を失うかもしれない。他に雇ってくれる人もいないかもしれない。友人を失うかもしれない、と続くわけだ。
ではカントリー音楽の女性トリオ、そのリードボーカルが "ブッシュと同じテキサス出身で恥ずかしい" と発言したことで全米ラジオのカントリー局でも流さないというしっぺ返しを受け、CD の売上げがドーンと落ち込んだとかのディキシー・チックスはどうか。事実はこうだ。彼女たちの売上げは落ちていない。アルバムは今週もビルボードのカントリーチャートの1位だし、エンターテイメントウイークリーによればポップスチャートの6位から4位に上昇した。コンサートのチケットはどこもみなソールドアウトで手に入らなかったとニューヨークタイムズ紙のコラムでフランク・リッチが書いている。先週インターネットで一番リクエストの多かった歌はディキシーの美しい反戦バラード<Travelin' Soldier >だった。ディキシーは全然損害を被っていなかったが、メディアは反対のことを信じさせたがった。恐れずに異議や疑問を呈そうとする人を黙らせることがなにより重要だからだ。そして少数の有名なエンターテイナーをウソ八百で罵倒することほど効果的な手だてはない。ディキシーやマイケル・ムーアがあんな目にあうなら私のようなつまらん人間はどうなることやら、言い換えれば、黙ってるにこしたことないだ。 これが実際にアカデミーを受賞した映画の論点の、なんでも命令通りするよう国民を操るのに政府の担当機関がいかに人の恐怖心を利用するかだ」
「ウソの愛国者が予定表を課したりディベートに期限をもうけてもそれにびくつくことはない。国民の70%が戦争に賛成と示す世論調査にくじけるな。調査されてるアメリカ人はその子供か近所の子がイラクに送られてるのと同じアメリカ人だというのを忘れずにいて欲しい。彼らは身内が軍隊にいるせいで怯え、家族や友人や近所の人が死体袋に入って帰国するのを見たくないと思い、脅されて望みもしなかった戦争を支持するんだ。 今は平和を好むアメリカがよいと信じる僕たち多数派が黙ってる時ではない。あなたの意見を述べようじゃないの。ブッシュ&株式会社がうまくやってのけようとも、やはり僕らの国なんだ」(michaelmoore.com / voice4change.org April 10 2003)

9.11 以降のアメリカを中心とする不寛容に異議を申し立てる「寛容に向かって」が今年のテーマのベルリン国際映画祭ではアトム・エゴヤン率いる審査員団が選んだ金熊賞、アフガン難民の2人の少年がロンドンまで苦難の旅をする社会派ロードムーヴィー<この世界で>の監督マイケル・ウインターボトムとスパイク・リー、ダスティ・ホフマン、ジョージ・クルーニー、エドワード・ノートンがイラクへの戦争に反対の意志表示をした。他に監督ではケン・ローチ、テリー・ギリアム。またイラク攻撃に反対して議事堂とホワイトハウスに一斉に電話、ファクス、E メールで抗議のメッセージを送る50万人が参加したバーチャルデモに参加して電話回線のパンクに貢献したマーチン・シーンは86年レーガン政権のミサイル防衛計画に抗議して逮捕されて以来、64回逮捕状が出た反戦俳優だ。
ミュージシャンはどうかと言えば、セネガルのユッスー・ンドゥールがイラク攻撃に抗議して全米ツアーを中止した。「良心に照らして異議を唱えざるをえない。世界中の人がこんな重大な問題を抱えているのにアメリカで演奏することなど想像できない」彼はイスラム教徒で80年代からアフリカ諸国の債務帳消しを求める運動に取り組んできた。 ブラーのデーモン・アルバートとマッシヴ・アタックのロバート・デル・ナジャが反戦広告を出すのに支援するミュージシャンがいないとこぼした。バーチャルデモを取りまとめた「Win Without War 」はブッシュ政権がまるで戦争は避けられないことのようにそれに突き進むなか、分別の声とディベートが踏みにじられ無視されていると感じる現代音楽家の自由な連合体だ。ほとんどが互いに面識もないまったく共通点のないミュージシャン52人が、少なくとも戦争は時期尚早で避けられる、根気よく続けることで国連査察官がこれまでやってきたようにサダムの武器は除去できる、大量破壊兵器だの政権交代だの政府のキャッチフレーズは曖昧な話という基本教義に同意してわずか数週間で結束した。それもこれも彼らの危惧と信じる心、信頼の強さを実証するものだ。「私たちは自分の意見を述べたかった、間違ってると思うことや非常識と思うことや私たちの将来に危険と感じたことに反対と私たちがはっきり話すのを友人や子供たちに知らせよう」(Musicians United to Win Without War )署名リストにはデイヴィッド・バーン、ジョージ・クリントン、シェリル・クロウ、ブライアン・イーノ、クロノス・カルテット、マッシヴ・アタック、モブ・ディープ、ルー・リード、REM 、坂本龍一、ソニック・ユース、デイヴィッド・シルヴィアン、スザンヌ・ヴェガ、カエターノ・ヴェローソ、ザップ・ママなどの名が連なる。
バーチャルデモもそうだが、有名人を使った新しいアメリカの平和運動「MOVEON 」の反戦・平和のTV コマーシャルで「イラクがいったい私たちに何をしたというの」と語りかけるスーザン・サランドンはプレゼンター役を務めるアカデミーでも静かにピースサインで意志表示した。レーガン政権で大統領の側近だった野球殿堂の会長デイル・ペトロスキーが映画<さよならゲーム>で前途有望なマイナーリーグのピッチャーを好演したティム・ロビンスとその迷走する才能の集中に手を貸すファンを演じたスーザン・サランドンの戦争に対する非難を理由に映画の公開15周年を祝う祭典を中止した。仮に検閲でないにしろ、これはなんであれペトロスキーという権力が不快に思うことを言えばしごかれるというメッセージだった。最近の俳優のコメントは「わが軍隊に一層の危険をもたらしかねない」と長年共和党の政治家のために働いた元副報道官は言った。4月26日・27日 NY クーパーズタウンで行われるはずだった祭典の中止を伝える会長の書簡を受け取ったときティム・ロビンスは落胆する。「歴史においてもこの重要で微妙な時期にあなたが公然とブッシュ大統領を非難するのは合衆国の地位を蝕むのを助長する行為だと考える。協会として我々はこの戦闘で大統領と軍隊を支持することで一致する」
ティム・ロビンスとパートナーのスーザン・サランドンはイラク戦争に抗議する平和集会に積極的に参加した。「あなたは汚名と恥の殿堂の臆病者でありイデオローグにふさわしい」とペトロスキーに応酬する手紙の中でティム・ロビンスは「政治と戦争から離れた週末」を楽しみにしていたこと、今でも戦争計画には懐疑的であること、野球が「共和党のスポーツ」とは思ってもみなかったことを告げる。「あなたが政治的な声明をするのに野球と殿堂での地位を利用しようとしたのが残念です。あなたに同意しない野球ファンを大勢知っています。そして野球が政治的に扱われたと悟り一層多くのファンが愛想が尽きたと反応することでしょう」そうしてAmazing Mets と呼ばれた懐かしのワールドシリーズのチャンピオンに触れ、「長く有効な民主主義と、自由な発言と、1969年のメッツ、どれも私が常に信頼してきたありそうもないみごとなミラクル」と締めくくる。
ローマ250万人、ロンドン150万人、バルセロナ100万人、マドリード100万人、ニューヨーク50万人、ベルリン50万人、サンフランシスコ25万人、メルボルン20万人、アテネ20万人、モントリオール15万人、ロサンジェルス10万人、ダブリン10万人、ブリュッセル10万人、パリ10万人、ストックホルム10万人、ジャカルタ10万人(IndyMedia.org )、2月15日世界の600以上の都市で1千万をはるかに上回る民衆がストリートに飛び出してデモをした、これもまたミラクルだ。こんなことがこれほどの規模で戦争開始前に起きた例はいまだかつてなかった。戦争に突き進もうとする唯一のスーパーパワー国家の正当性を問い、平和遂行の努力をする特定の国家に限定されない無数の結集した声からなるもうひとつのスーパーパワーを確認した日だった。

「私たちの言葉に耳を貸さず、私たちの言うことを本気にしないでくれてありがとう。むろん、私たちはあなたの言うことをしっかり聞いており、あなたの言葉を決して忘れない。そのことをぜひ知っておいてもらいたい。ありがとう偉大な指導者ジョージW ブッシュ」(ブラジルの作家、パウロ・コエーリョ:朝日新聞3/19 2003 )

▲text by suzuki sakae 参考資料:My Oscar Backlash by Michael Moore、ボストン読本3/25 2003 、朝日新聞3/11 3/19 2003 、www.moveon.org/musiciansunited/ 、Voice4Change.org 4/12 2003 、国連平和大学名誉総長ロバート・ムラー博士のスピーチ
●TAMA-33 掲載、SPRING 2003

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