BIOPROSPECTING
テレンス・マッケナが発見した
アヤフアスカはアメリカ政府のもの

自然界にある生物多様性の有効な応用や製法の見込みの有無を科学的に調べることをバイオプロスペクティングと呼ぶ。多くの場合、バイオプロスペクティングは微生物と植物、熱帯雨林や砂漠や温泉といった極端な環境に育つ菌類の中の有効な有機化合物の追求だ。生物多様性の見込みの有無を調べるのはなにも新しいことではない。現に文明の夜明け以降、人類はこれを行ってきている。有史前の人間がやけにかぐわしい植物の根に気づいたとき、あるいはクスリとして使えることに気づいたときこれは始まった。後になって科学者が植物に含まれる活性成分の正体を割り出し、その植物の根に高い糖分が含まれていたことやアスピリンが含まれていたのを発見してきた。
2002年、ハーグで182 ヶ国の政府代表が参加する第６回生物多様性会議が行われた。その会議には前年から気の利いたお楽しみが披露される。反バイオパイラシー（生物に対する海賊行為に反対する）連合が主宰する世界最悪の生物資源の海賊行為を行ったとされる政府、大学、企業、研究機関に贈られる「クック船長のバイオパイラシー賞」の授賞式がそれだ。この年「最悪賞」に選ばれたのはアメリカ政府。アマゾン原住民がクスリとして用いるアヤフアスカの特許権の獲得がその理由だ。南米サン族の伝統を基に開発された肥満解消薬の利潤分配について聞かれ、「薬草を発見したサン族の人々が消えてしまったためこの問題は大変ややこしい」と答えた英国ファイロファーム社に「最悪の言い訳賞」が贈られた。
とはいえ、この手の会議が優先するのは人権より金がすべての専売権。まして植物にまつわる精神性やそれが宗教の起源だったことなどは初めから論外だった。
一般のアメリカ人が幻覚性植物の存在を知ったのは、1955年ライフ誌に発表された民俗植物学者R.ゴードン・ワッソン博士のマジックマッシュルーム探検記が最初だった。博士はメキシコ、オアハカの山中の村で幸運にもマリア・サビーナという伝説のシャーマンと出会い聖なるキノコの儀式を体験する。この探検記は大きな反響を呼んで至福体験や変性意識状態を求めるたくさんのマッシュルーム・ハンターが国境を越えメキシコにやってきた。だがそれより２年前に発表された本＜ジャンキー：ヘロイン中毒者の手記＞で作家ウイリアムS. バロウズがヘロインを離れ究極のハイを求めてアマゾンのジャングルに伝わるヤーヘ（アメリカ政府の手に渡るアヤフアスカだ）を探しに行くと次なる意識探検のテーマを予告した。彼の後を追ってテレンス・マッケナという植物学者がアヤフアスカを発見したのはバロウズの旅から十数年経た1970年のことだった。
彼らがしていたことはビッグビジネスになる以前の精神的に求めるバイオプロスペクティングだった。 金儲けがすべての前にはビートルズやボブ・ディランを初めとする次世代の意識革命者への大いなる啓示となる、物事を別の角度から見るための、周囲の規制から意識を解き放つ何事にもコントロールされない自由な成長を探すためのバイオプロスペクティングがあった。50年代にはゴードン・ワッソンが、60年代にはティモシー・リアリーやカルロス・カスタネーダがメキシコの山で誰もがハイになる神の姿を見たというインディオの証言をもとに、もうひとつの知覚の在処を啓示する幻覚を誘発する植物を研究しにメキシコを訪れていた。
まさにネバダ上空に原爆実験の巨大なキノコ雲が出現して３千５百万のアメリカ人がマインドコントロールにつながるホラーショーをTV で見物していたとき、画一化したロボットのような脳みそは吹き飛ばしてしまえとばかりに確信犯的亡命者のヒップスターたちはキノコ雲ではなくマジックマッシュルームを彼らのヴィジョン追求の起爆剤にしようと勢いづいていた。
あれから時代は大きく右に傾き、バイオプロスペクティングの手法も遺伝子工学のおかげで大きく変わった。 今日の新たな発見の多くは酵素、化学反応の触媒のような生物学上の分子だ。それにまた生物を大きく３６に分類するとその３４が海洋に生息すると言われるほど生物多様性が高い海洋探査が脚光を浴びている。目下、海洋研究はすらすらと事が運んでいる。イモ貝の毒に含まれるタンパク質から始まったモルヒネの1000 倍も強力で中毒性や副作用のない鎮痛成分ジコノチド（アイルランドで臨床試験中）、ホヤから得られる抗ガン剤エクチナサイジン（米国で臨床試験中）などがその成果だ。
地球の４分の３を占める海はまた地球の生命の大部分を育んでいた。

▲text by Sakae Suzuki ▲参考資料：AMAZON NEWS May17 2002
ANGELHEADED HIPSTER by Steve Turner 放浪天使の歌1998：河出書房新社　WIRED NEWS Nov.25 2003